リアルとバーチャル
リアルでできることをバーチャルですることは代替で長続きしえない、という話があって、 逆に、リアルでしかできないことは、なにかしらと思いを巡らしてみたら、 たまたまの「出会い」かしらと思いました。
dialogue with myself
リアルでできることをバーチャルですることは代替で長続きしえない、という話があって、 逆に、リアルでしかできないことは、なにかしらと思いを巡らしてみたら、 たまたまの「出会い」かしらと思いました。
どなたかが書いてらしたけれど、日本の距離感には空白というなにもない間がある、と。他文化の、その間になにもない距離(distance:離れているだけ)とはちょっとちがうんだ、と。
「贈与は差出人に倫理を要求し、受取人に知性を要求する。」という一文が響きました。 近内悠太 著『世界は贈与でできている』。
政治的な用いられ方とは別に、「The GREATE RESET」のもとを辿るとこう書かれています。
文化による感覚のちがい、そこから生まれる空間がちがう体験をうむ。ものの間の距離ではなく、マ(間隔)を知覚することに長けた日本人。
「ウィズ コロナ」が言われるなかで、思い起こした <共生> の意味。