Site Overlay

インクの匂い

現場まで押しかけて、印刷物の校正チェック。トビラを開けたとき、そこに充満するインクの匂い。

そういえば、父親は印刷会社に勤める印刷工だった。活字を拾って器用に並べ、薄い鋼の板(?)をはさんで字間を調整、木槌でコン、コンッて叩いて、タコ糸のようなものでぎゅぎゅっとしばる。何度か試し刷りをしながら、圧が強すぎないか、裏面が凸凹していないか、とかチェックしながら、微調整していく。なにより、その手さばきに目が離せなかった記憶がある。
中学生のころ、離れのプレハブに名刺と葉書き刷り専用の小さな機械が運び込まれた。そして、そこから夜遅くに、インクの匂いとともに、機織りのような機械の音が響いていた。
そんな話しを校正原稿の上がり待ちのあいだにしていた。すると、「職人だったのね」と言われた。 「職人」って、鍛冶屋とか炭焼きとかのイメージしかなかったんだけれど・・・、ああっ、て。
父親にとっては、ちょうどよい時代だったのかもしれない。田舎でもデジタルへと切り替わろうとしていた頃、父親は定年となった。今の世の中、ほとんど不必要な職能になっていて、すこし切ない。
「活字の印刷はきれいだったよなぁ」と言われて、すこし嬉しい。最近は、ずっと趣味だった盆栽の延長なのか、シルバーボランティアに登録して剪定作業にしばしば出かけているという。そして、ぼくもそんなインクの匂いにまみれて働いていた父母の年になっている。

Copyright © 2024 knots make. All Rights Reserved. | CS Child Theme by kawyuk